違和感を受け入れる。

最近、顕著に日が長くなり、まだまだ寒い日もあるが、春を思わせる暖かい日も数多くなってきた。

より自然とポタに出かけれるようになってはいるがある種違和感みたいなものも感じている。

それはジムに行く回数が激減しているということ。

私は、自転車にはまる去年2月以前は週に4,5回はジムに通っていた。

休日ももちろんジム通い。

1日に筋トレと有酸素運動をし、筋トレは日によって胸、背中、足をわけ、腹筋、腰筋はジムに行く日は必ずしていた。

有酸素運動はランニングかステアマスター(階段を登るような動きの機械)を30~40分。

理想は週に各パーツを2回トレーニングできるようにすることにおき、休みの日には上半身と足を合わせて鍛える日も作った。

当然、休ませる日も考慮した。

平日は帰って寝るくらいしかできないが、休日はその後ジム仲間と焼肉の食べ放題や居酒屋で好きなだけ飲み食いするというサイクルの生活を楽しんでいた。

”それだけ元気でいつもいられて、休みも充実していてうらやましい”といわれることもあった。

が”仕事の後にさらに疲れることなんてよくするなー”とか”休みの日くらい他に楽しいこともあるやろ”という人のほうが多数だった。

が、私にとってはまったく逆でまずジムに行かないとはじまらない、行かないと罪悪感すら感じる始末だった。

周りの人とよく”俺たちは病気か!?”と言い合っていたものだ。

ところが自転車にはまってから、週末はポタ、平日も明るいときは1時間くらい走ることもあって平均するとジムには週に2,3回しか行けていない。

当然これでは各パーツを週1回しか回せず、また週末一番時間をかけることができるときをパスしてることになる。

しかも2,3日連続してトレーニングしなくなるのでその週の初日はやはりしんどい。

自転車が生活に溶け込んできて、一番の楽しみになってきているのは非常にうれしいが、何か物足りなさというか寂しさみたいなものが付きまとう。

自分がいつも自分の人生を見直し、新たに指針を決めるときに一番重宝している本”夢をかなえる一番よい方法:リチャード・ブロディ著”。

もうすでに10回は読んでいるが、最近また読み直した。

これだけ読んだのに今回初めて意識した文章があって、変化の重要性と恐れについて居心地のいい環境から抜け出すことについて述べている中で、

”一時的な違和感を乗り越える意志が強ければ強いほど、それだけ早く充足感が得られるようになる。”
というのがあった。

さらに満足度の高い生活を得るためには、現状ある程度居心地のいい環境から抜け出す必要があるが、その時に違和感を感じることは自然でそこで躊躇せず乗り越えなければならない、というような意味だと捉えた。

この文章にひきつけられた後だというのもあるが、ずっともち続けているこの感覚はこの状態のことなのだろうか!?

自転車にどんどんはまっていきどんどん楽しくなっている。

ジム中心生活からより高い満足を得られる生活に移行している今、この違和感は自然なことなのだろう...

....

....と思う今日この頃です。
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by tac-phen | 2009-03-05 18:26 | 雑感
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