松代-世代を越えた歴史情緒が詰まった静かな町、めちゃ気に入った!!!

川中島から数キロのところにある松代。

今回長野に来るまで知らなかった町だ。

ただ史跡を順にたどっていくとこの町のことがよくわかっていった。

まずは松代城址。

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天守閣はないが周りはきれいに保存されている。

全体像はこんな感じ。

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松代城は江戸時代は松代藩主・真田家の居城だった。

築城されたのは戦国時代で当時は海津城と呼ばれていた。

戦国時代から江戸時代初頭までこの地を支配した武田信玄や上杉景勝などにとって、この城は北信濃を支配するうえで軍事的・政治的に重要な拠点となっていた。

元和八年(1522)年に真田信之が松代に移ると松代城本丸に御殿を建築し松代藩政の拠点とした。

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今やこの立派な外壁を残すのみとなっていて、桜の名所になっているとのこと。

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街中は昔ながらの街並みが残る情緒あるところだ。

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住人の方々の努力の賜物だろう、見事に保存されている。

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真田家の領地らしくあちこちに家紋の六文銭が見られる。

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松代藩文武学校。

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中ではイベントが行われていて当時ここで教えていたことを体験できた。

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着物を着た方も大勢いた。

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絵になるねぇー。

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あちこちに道場や教室がありかなり広い。

中に入るとピーンと張り詰めたような静かさ。

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学校なのだろうが修行の場のような緊迫感があったのだろう。

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弓道の体験コーナーがあったので早速トライ。

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距離は実際の4分の1ほどのところから。

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おーっ、構えは様になってるねー。

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この距離から4本撃って的に当たったのは1本だけ。

見た目ほど簡単ではないなー。

剣術の稽古もしていた。

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これはさすがにやらせてもらえそうな雰囲気ではなかった。

文武学校を出て休憩所へ行くと”信濃乃国”という題名の詩があった。

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信濃の国の各地名が詩になっていて曲もついているらしい。

ちょうど京都の通りの名前の歌のようなもの。

それにしても松代の町並みは歴史情緒がある。

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これだけの風情があるところなのに人がほとんどいないのがいい。

よりその情緒を味わえる。

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またアサガオがきれいに咲いている。

この時期になぜ???

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そしてこれまでの情緒あるところとは打って変わった雰囲気のところにきた。

この松代の町に第二次世界大戦時に作られた巨大な地下壕がありその中に入ることができるという。

松代象山地下壕。

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松代象山地下壕は第二次世界大戦末期、軍部が本土決戦最後の拠点として極秘に、大本営、政府各省等をこの地に移すという計画のもとに昭和19年11月11日午前11時着工、翌20年8月15日の終戦の日までおよそ9ヶ月間に、当時の金額で2億円の巨費と延べ300万人の住民および朝鮮人の人々が労働者として強制的に動員され突貫工事をもって構築したもので全行程の75%が完成したという。

ここは地質学的にも固い岩盤地帯であるばかりではなく川中島合戦の地として知られる要害の地でもあることから選ばれたのだろう。

全長は10キロ余にも及ぶという。

こんなこと全く知らなかった。

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網の目のように張り巡らされた地下壕の一部に入ることができる。

ヘルメット着用で早速入ってみる。

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通路は広くて壁もしっかりしている。

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掘るのが途中で止まっているところもあった。

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入れるところは500メートルほどらしいがはるかかなたまで続いているように見える。

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地面の等間隔についている溝はトロッコの枕木の跡。

当時の作業がリアルに感じれる。

入ることができる一番奥のところには千羽鶴などが掲げられていた。

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これは作業に携わって亡くなられた方々への慰霊だろう。

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これより先もまだまだ続いているようだ。

第二次世界大戦でこんな大計画が動いていたとは...

歴史で習わへんかったで。

このトンネルを掘る作業やはり先頭はいつ土砂崩れが起こるかわからない状態だったので朝鮮人の人々が強制的に行かされていたという。

当然多くの朝鮮人の方々も亡くなられ慰霊する碑が建てられていた。

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多くの人命と費用を使い全く無意味に終わった地下壕。

実際本土決戦になっても役に立ったのだろうか?!

戦争の無意味さと虚しさを強く感じた。

この平和で歴史情緒のある街並みを見てるだけではその裏の悲しい出来事は気づきにくい。

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実際に足を運ぶとこういう教科書では習わないことまで勉強することができる。

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今までやって来た街道巡りも史跡巡りの一部といえるが歴史にもう少し焦点を当てたポタリングも面白いかも。

象山神社。

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七五三で多くの家族連れが来ていた。

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そしてお昼に中華そば。

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黒溜まりそばなるものを食した。

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ものすごい色だが味はしょうゆベースであっさり。

麺もかなりほそく独特だった。

またランチセットで500円と破格の安さだ。

最後にこれまた風情のある駅を撮影。

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何もかもに風情を感じることができる。

幅広い年代の史跡が残り歴史情緒あふれる街、松代。

長野に行く時はぜひ訪れてもらいたい町だ。
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by tac-phen | 2009-11-03 05:05
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