阪神タイガースの選手と吉本のお笑い芸人の手形(前編)

尼崎・三和商店街内に阪神タイガースの選手と吉本所属のお笑い芸人の手形が埋め込まれているというのを聞いた。

三和商店街は日常生活の中でよく行く場所だが、全く知らなかった。

なぜそこに手形が埋め込まれているのか周辺の人に聞いてもわからなかった。

子供からタイガースファンの私としては絶対行っておかなければならない。

その手形は三和商店街の中でも人通りが少ない閑散としたところにあった。

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この辺りは私も普段行かないところだ。

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めちゃ懐かしい選手の手形ばかりだ。

掛布雅之と小林繁。

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山本和行と真弓明信。

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工藤一彦と岡田彰布。

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中西太と藤田平。

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川藤幸三。

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なんと、江本孟紀のもある。

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中村勝広と竹之内雅史。

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プレートの名前は間違って竹之内雅夫になっている。

再び疑問がわきあがってくるがこれは何のためにいつ作られたのだろうか?

近くの店の人に聞いてみた。

すると、15、6年前商店街のアーケードが作られた時に記念で作ったのだとか。

タイガースの選手や吉本のお笑い芸人は無償で協力したという。

熱烈な阪神ファンも多いと思うがこれはいつごろ作られたか想像できるだろうか?!

まず中西太の手形があるということは監督、コーチとして阪神に在籍した1979年~81年である。

しかも岡田彰伸がいるということは入団した1980年以降である。

そして江本孟紀は1981年8月26日のヤクルト戦で”ベンチがアホやから...”と中西太監督を批判し、その年に現役を引退した。

ということは、1980年のオフあたりに作られたのか...

それにしてもこの時代の阪神タイガースはあまりに弱すぎた。

が、強いチームへと改革を行おうとしていたときでもあったと思う。

1978年オフに阪神タイガースには大きな出来事があった。

まず投打の主軸、田淵幸一と古沢憲治を放出、西武ライオンズとの交換トレードで真弓明信、若菜嘉晴、竹之内雅史を獲得。

またこの年、あの有名な空白の1日事件があった。

巨人がドラフト外で江川卓を入団契約しようとしたが阪神がドラフトで強硬指名。

それでも巨人入団を強く望む江川卓との交渉は難航、結局コミッショナーの要望により江川を巨人に移籍させその見返りに巨人から小林繁を獲得した。

その後、1985年の優勝まで情けないほどの低迷ぶりだったがなぜかいつも試合を見ていたなぁ。

そして1985年の優勝。

このときは高校3年生、受験の年だがお構いなし。

受験は来年もできるが阪神優勝は今度いつ来るかわからん、とか言って野球ばっかり。

日本シリーズは昼間行われていたので授業中はラジオをイヤホンで聞いていた。

私だけでなくクラスのほとんど、いや学生のほとんどはそうしてたんちゃうかな。

日本シリーズ中に文化鑑賞会といって学校から落語を聞きに行ったが誰一人として聞くものはなくイヤホンで日本シリーズを聞いていた。

落ちの部分以外で”わぁー”と自然と盛り上がり、松鶴が落語の途中で“今日はタイガースに勝てん。”と嘆いていた。

いやー、懐かしいな!!

阪神タイガースの選手以外の手形もあり、紹介もしたいのだが今回はタイガースの思い出で締めくくろうと思う。

(続く)
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by tac-phen | 2009-09-03 17:21
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